モカ日記
 
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通常日記
~説明~
久し振りのライブ

季節と儀式

今日はお盆の入りですが、皆様お墓参りはご予定に入っていますか?
日本には伝統的に行われてきた儀式のようなものが数多くあります。
もちろん外国にも似た性格を持つ行事はありますが、
季節の移ろいを大切にしてきた日本人はそういったことに対する感覚が
とても鋭い人種のように思います。しかしながら嘆かわしい事に
それらを忘れていく傾向が強くなっているのもまた事実です。

また年寄りのような事を言って~とお思いになるかもしれませんが、
東洋医学を学ぶ私にとって「天人合一思想」は大切な理念であります。
これは人と自然は一体であるとする考え方で、
季節の変化で自然が変化するように、
人の体もまた同調して変化している事を示します。
つまりは自然の変化に応じた生活をする事で体調は整い、
それに反すれば体調を崩しやすくすると言う事です。
そう考えると、季節に応じて行われてきた儀式や行事などは
人間が自分より大きな何らかの存在を理解し、
自然に敬意を示してきた結果であるとは思いませんか?

お盆もまた同じです。
8月のこの時期にご先祖様の霊が帰ってくると言うのは、
皆何の疑いも無く受け入れ、供養してきたではありませんか。
どういった経緯なのかは分かりませんが、きっとそれなりの理屈があるのでしょう。
霊的なものを全く信じないうちの父でさえ、盆飾りと迎え火は欠かさず行っています。
もちろん今日もやってきました。

これは宗教的なものではなく、私の勝手な考えですが、
自然というものとご先祖様の霊というものは大変近い存在、
もしくはイコールなのではないだろうか?
ですからキチンと敬意を払い、守って頂けるように心がけるのもまた
生きとし生けるものの礼儀であると感じるのです。

話は少し脱線しますが、今日は遠方から親戚が来ると言うので、
祖父母の家を掃除して、使える状態になるように準備しました。
この家は祖母が亡くなり、祖父が施設に入ってから誰も住んでおらず
週末父が畑をしに通う程度にしか使っていません。
だからやっぱり何と言うか、以前と空気がちょっと違うわけですよ。
少し嫌~な感じがするのですね。

で、掃除と言うのはお祓い的な要素を含んでいる事をご存知でしょうか?
これは自分の気・念をその場所につける、動物で言うマーキングに近い行為ですね。
そうすることで、ここに存在する自然霊へお世話になりますよとご挨拶するのです。
ジブリ作品の「となりのトトロ」でも、さつきとメイが引っ越した家を掃除していく事で、
マッ黒クロ助は出て行きましたよね?あれもその類の事を表現したものだと思われます。
自分の部屋を他人に掃除されるのが嫌なのも
気が乱される事を無意識的に拒否しているからなのでしょうね。
そんな事をまあウダウダと考え、自分のオカルト好きに呆れた甲斐もあり
少しは空気が晴れたような気がしました。

人間よ、おごりを捨てよ、敬意を払え、そなた達は生かされている。
な~んちゃって。今日はこれまで。



8月13日(土)23:11 | コメント(0) | 通常日記 | 管理

おもしろ接骨院

今日は接骨院スタッフの女の子がお誕生日だったので、そのお祝いを兼ねて飲みに行きました。
その様子の前に、まずは接骨院の日常についてお話しましょう。
まず構成は・・・院長先生(パパ):柔道整復師・気孔師
        先生(奥さん) :整膚師・気孔師・耳ツボダイエットカウンセラー     
        スタッフ1    :整膚師
        スタッフ2    :専門学校生(柔道整復)
        スタッフ3(私) :専門学校生(鍼灸)
となっています。接骨院の裏側が先生のご自宅なので
この他に娘さん(中1)、下の男の子(小3?)、おばあちゃんが素で出入りするという
アットホームな空間です。病院的な辛気臭さが無く、気を使うような空間ではないので、
患者さんも来やすいと言うか、ふらっと立ち寄れる感じ。
会話を楽しみに来る方も多いようです。

一番凄いなと思うのは院長先生が謙虚で、空いた時間は常に勉強していて、
患者さんに対しても、スタッフに対しても絶対に偉ぶらないところ。
これは医療従事者を目指す私にとって、最も学ぶべきところだと思っています。
押し付け的なところが一切無いから、居心地がよく、人が絶えないのでしょう。
患者さんも素直に先生の指示を聞いています。
こんな真面目で、体鍛えててかっこいい(モカ好み)院長先生ですが、
実はおもしろキャラなんだな~。話が唐突と言うか前後の脈略がなさすぎで、
一瞬「?」ってなる。そう、天然!これは来た人にしか分からないおもしろさな訳です。
人と接する事が凄く恥ずかしいみたいです。シャイボーイ。

一方それをカバーするかのように奥さんが社交的で、喋る喋る明るい明るい!
夫婦って上手くできてるなあ。思わず悩みを相談したくなる先生なのです。
私もその一人。先生に会って私は人生観が変わったと思います。
モカの人生に影響を与えた人NO.1かもしれない。
先生は私の今までの固定観念、ガチガチだった脳みそを軟らかくしてくれました。
だから先生と出会ってから私は今までくよくよしていたものが、
たいした問題じゃないように感じられるようになったのです。
先生の趣味はホストクラブ遊び、しかも旦那さん公認。
この時点でもう型破りじゃない!もうルールって何?って感じ。
周りのスタッフも患者さんもスタッフもそんな先生に呆れつつも、
結局やたらと慕っています。

やっぱり患者さんって人に付くものなんだなって実感する。
院長先生も先生も凄く魅力的だから。
私は柔整ではなく鍼灸志望なので、技術的な事はちょっと違うけど、
どうやって患者さんと接していくのか、どうやって治療院を回していくのか
勉強させていただいています。

予備知識が入ったところで簡単に今日の飲みの話題に触れましょうか。
奥さんとスタッフ2の子と私の3人で接骨院真向かいの居酒屋でのみました。
話題は霊的な話からスタートしました。パパも奥さんも気孔師ですから、
その辺の話題は尽きないしリアルだしディープ。
この世ならざるものに興味津々の私にはたまらない話題です。
気孔は突き詰めていくとやっぱり霊的なものにつながるようです。
モカちゃんは患者さんの悪い気を吸ってるから気をつけなさいってよく言われる。
あと人が集まるところには人の念が残るから、必ず居るとか。
人の魂は複合体で1つではないとか。そんなカルト的なことがひとしきり続き、
先生の苦労話からホストクラブネタに。もうこの辺は外せないネタですな。

でもホスト遊びを覚えてから人生楽になったよ~って、そこは真似たくない。。。。
遠巻きには見てみたいけどね。上のポジションの人を指名すると何かとお得らしいよ。
先生はお金は注ぎ込まず、うまい具合に隣のテーブルに入った
ドンペリをご馳走になったりしてるらしい。
そこから話は男の選び方講座へ突入。「あんた達は同業者選びな」でバッサリ斬られる。
「そんなさ~一人の男で自分を100%満たすなんて不可能なんだからさ~、
家庭は家庭で持って、足りないところは他の男で補えばいいじゃん!
ただしルールはあって、絶対に心は持ってかれない事。
あとは理解ある旦那を選ぶことだね。」って姉さん極端すぎるよ!
でもまあこういう考え方の人がいるんだ~と思うだけでも人生気楽かも。
もう終始先生の独壇場だけど、それを聞いてるのが楽しいんだわ。

こんなステキな接骨院に興味を持たれた方はモカにご連絡を!
肩こりからオッケーよ。
既に患者さんで来てくれてる友達もリピーター化してるから。



8月10日(水)16:20 | コメント(0) | 通常日記 | 管理

久々のライブ

昨日の話題になりますが、ムリムリ今日に書くぞ。
そっか、ブログだと数日前の日記を後から埋め込む事はできないのだな。

仙台七夕祭りの真っ只中、浴衣でライブ参戦という夢を実現させました。拍手!
初めて自分で着付けたものだから、途中はだけやしないかとヒヤヒヤもんでしたが
意外にも着崩れず、おいしいところは逃しつつ…
まあ私の浴衣姿は「WARDROBE」のページにでもアップする事に致しまして、
さて本題に入りましょうか。

今回の目的はグルグル映画畫館というバンドです。
ここでグルグル映画畫館を知らない方にちょっとご説明いたしましょう。
寺山修司の「田園に死す」を想わせる、学ラン・学生帽・白塗りといういでたち
(昨日は夏服or甚平)で、冒頭に寸劇、蒲田行進曲が流れ、ライブスタートという
ステキなライブ形態を取るバンドです。
純文学を好む学生の悶々とでもいいましょうか、ロマン主義なわけですよ。
音階的にはジャパニズムだけど、表現的には幅広くなってきていますわね。
ここまで読むと私が和装で行ったのも頷けるかと思います。

で、書きたいことはライブの感想では無くて歌詞についてな訳です。
しょっぱなから分かるヤツだけついて来いではまずいので。

「理解者が居ると思うな、思えば泣くの我がココロ」
「良い事が在ると思うな、思えば負けよ我がココロ」
               君と僕との彼岸の唄より

このフレーズがキたんよ。自分的に。
期待するから裏切りがある。期待しなければつかない筈だった傷がある。
そういったことに泣かされ続けてきたのよね。
だから希望を持つ事を故意に抑えてみたりして、どんどん歪んで行く訳ですな。
しかしどうだろう。それを取っ払ってみたら凄く楽なのではあるまいか?
希望やら、信用やらを全く捨て去る事は人として寂しい事だが、
勝手に人を信用するも、幸せを高く設定するも自分次第である。
要は幸せのレベルの問題だ。
極端に言うと、進学校でビリ、バカ校でトップどっちが幸せか?みたいな。
多くを望みすぎれば、失った時の代償は高くなる。
しかしレベルを低く設定しすぎれば堕落するのも人間の性。
その兼ね合いは今後のというか一生の課題なわけです。
けれどもどちらかというと、リスクがあっても高きを目指す。
そちらの人生に惹かれてしまう自虐的人間だったりするのです。



8月8日(月)23:46 | コメント(1) | 通常日記 | 管理


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