| 察し |
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| こうした方がいいかな?とか こう言った方がいいかな?とか ある程度察することはできる。 きっとその方が相手が喜ぶだろうなって事も分かる。 でも動かないこの体。邪魔しているものは何なのか。 出来ないなら気付かない方がよっぽど平和だ。 しかし気付けない人なんだと思われるのもそれはそれで悲しい。 気付いていたのに出来なかった罪悪感。 やらないなら、やらないなりの主張でもあれば強気に出られるが それも出来ない。責められればすぐにぺしゃんとなる。 きっと自分勝手な理由だから。か。 やった方がいいかな?と思うことは、大体正しい事なのだろう。 しかしそれを率先してした後、変な照れに襲われる事も知っている。 偉いね。凄いね。良く気付いたね。 褒め倒されることにも、居辛さを感じてしまう。 そう言われた自分が得意げになっているような気がして 表情を曇らせる。それがしたくないのもある。 やった方がいい事が自分のしたい事なら理想的だ。 そう、きっと思いついても私の中でしたくない事なのだ。 いつからそんなに偉くなった? どうしていつも自分の事ばっかりなの? 自分が上でいたいから? 思いやりは私の中には住んでいないの? 嫌な事を笑顔でこなすのは美学かもしれない。 でもそれが嫌々だったと後で知るのは残酷すぎるじゃない。 だから怖いのかもしれない。
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12月30日(金)23:32 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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