| 治療 |
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| 私の学校には地下に治療院があります。 今は一般の患者さんを先生が診察していますが、 私たちが3年生になったら、臨床実習の場となります。 そこでは生徒や他の科の先生方も治療を受けることができます。 現在私も週に1回~2週間に1回のペースで治療を受けています。 鍼灸科の学生にとっては、先生の問診や治療の流れを 直接体験することができるので、とても良い勉強になります。 理屈ではこういう時にこうすればいいというのは分かっても どういいのか?までは分からないものですが、 治療を受けることでその効果も実感できる訳です。
治療を受ける以上、主訴というものがあります。 患者が訴える主な自覚症状です。 大体鍼灸と聞くと、スポーツ選手や年配の方が受ける 関節や筋肉などの運動器系治療のイメージが強いかもしれませんが もちろんそれだけではありません。
鍼灸が最も得意とするのは、全身治療だと思います。 急性の痛みを緩和するというのは、効果を実感しやすいのですが、 緩慢な効果でも、確実に慢性疾患を改善する。 これが全身治療の醍醐味です。しかし通院に根気を要する為 保険の適応に制限がある鍼灸は、特に若い人には浸透しにくい所だと思います。 でもですね、公共の場で言うのもなんですが、 治療を受けるとお腹の調子がとても良くなるんですわよ。 そうすると、美肌効果も期待できてしまうって寸法。 これは是非女性におすすめしたいポイントです。 鍼灸のイメージを、「おじいちゃん・おばあちゃん・スポーツ選手の養生」 から、「若い女性・働き盛りの若い労働力の力の源」へ転換したい! そんな野望に燃える今日この頃であります。
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11月21日(月)15:05 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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| 不健康自慢 |
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| 実は今週、母の入院、父の検査と不健康行事が続きました。 母は大腸ポリープの摘出が無事終了。 ついでに胃カメラも飲んで採取サンプルの組織検査結果待ち。 父は副腎腫瘍の検査で、ほぼ間違いなく腫瘍存在の疑いという結果が出ました。 どちらも今すぐ命に関わるような病気ではないものの、気分が良いものではない。 特に母ははじめての入院と言う事もあり、流石に心中穏やかではなかった。 まずは大腸検査の段階で下剤にやられ、「飲めないよぅ」・・・と相当参っていた。 程度はどうあれ、母の不調というのは家族の痛手が大きい。 調子が悪そうな母を見ると、皆落ち着かず重い表情になる。 母がいないだけで、家の空気は違うものとなる。 それだけ母と言う存在は家の要なのだ。 そんな母に対して、父は鍛え方が足りないのだと精神論をぶつける。 自分がやった検査や手術の数々を並べ、あれこれと辛さを語る。 しかしふと気付いて、「これじゃ不健康自慢か。」と笑った。 とりわけ中高年が久しく集えば健康話で持ち切りになるそうだ。 同窓会で、病院の待合室で、不健康話に花が咲く。 人間の、特に日本人の不健康自慢癖は何とかならないだろうか。 我こそが不健康。あれもやったこれもやった いや、自分の方が!と競い合っているようにも見える。 人よりも苦痛を経験している事に優越感を感じる。 これは日本人の苦労を美徳とする精神からきているものなのか? ある種異様な国民性ではあるが、実はそうやって 不安を少しでも取り除こうとしているのかもしれない。
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11月17日(木)01:12 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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| ジャパニーズプリンセス |
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| 世の中は今、紀宮様ご結婚という大変おめでたい話題に沸いております。 皇室を離れて民間人になる。どのようなご心境なのでしょうか? 私の記憶に色濃い生粋の皇室育ちの女性は紀宮様がダントツですが、 改めてその気品と風格を感じました。 凛として穏やかな独特の雰囲気は民間人とは別格です。 特に天皇皇后両陛下への感謝の言葉が印象的でした。 伝えんとする事は、極ありふれた両親への感謝。 しかし何と美しい日本語でしょう。 昨今崩れた日本語が横行しているせいでしょうか? その透明で深く染み込んでくるような清い言葉に 上辺だけではない、奥深さを感じました。 日本人は何故か他国語に強い憧れを抱いている所がありますが。 日本語も捨てたものではありません。 もっと大事に美しく、本来持っている魅力を引き出せるような使い方を していきたいものですね。
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11月16日(水)01:11 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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| 日本画のような・・・ |
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| 本日の実技は灸頭鍼。 体に刺した鍼の頭にもぐさをつけて燃やす治療法です。 鍼の刺激と、お灸の温かさを同時に体験できると言う、1粒で2度おいしいお得な技法だ。 それなりに技術を要するものでして、最初から人にやる訳にはいかない。 まずは練習用のスポンジみたいな台に刺して特訓する。 先生のチェックを受けてOKが出てから、いざ人体へ! 実技では学生同士がペアになって、かわりばんこに練習する。 やられる側はベットに横になり、まな板の上の鯉になります。 今日はスネにある足三里というツボと、内クルブシの上辺りにある三陰交と言うツボに この灸頭鍼をするので、仰向けに横になり天井を眺める。 線香やもぐさの燃える臭いは、初めのうち法事を彷彿とさせ陰気な感じがした。 おじいちゃんおばあちゃんのイメージはやっぱり強い。 しかし今では心地よくてしょうがない。心落ち着く安らぎの匂いにシフトしてきた。 だからだろうか?とても安らかな気持ちで天井を見ている。 すると足につけられたもぐさの煙がゆっくりと視界に流れ込んできた。 それはまるで日本画の雲を描く表現ように、繊細に美しく見えた。 決してぼかさず、1本の線に勝負をかけて走らされる筆を想像する。 やさしく、柔らかな曲線はやがて宙に溶けて消えていく。 この眼が煙を認識できるわずかな時間をいとおしく想う。 いつか私が死をむかえて、最期の床で見える風景もこんなだろうか。 煙に送られ黄泉へ旅立ち、また盆には煙に迎えられ家へ帰る。 うん。悪くない。なんてね。 そんなことを考えた午前のひととき。
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11月15日(火)01:11 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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| 白い息 |
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| 夜ならもうとっくに白かったのかもしれないが、 闇に消されていたのか、意識が勝手に消していたのか? あ、息が白い。 まだ明るい学校帰りに気がついた。 どんなに忙しい時でも季節の移ろいに気付く余裕を持っていたい。 四季ある国に生まれた人間として大事にしたい心だ。 そうやって自然に感動し、日本人は歌を詠んできた。 小学校の時に書いた俳句をふと思い出す。
「冬の朝 指で字を書く くもり窓」
特に文集に載った訳でも、自分で書きとめた訳でもないが、 なぜかずっと覚えている。 ストレートに「冬」と言ってしまっている上に 「くもり窓」とまで言っていて、季語が2つ入っている 稚拙なものだが、辛い冬の寒さの中に見出した楽しみを 表現できているな~なんて、自我自賛してみる。 あの頃のような素直な感性が私の中にまだ生きていると信じたい。
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11月14日(月)01:07 | コメント(0) | 通常日記 | 管理
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